ミスター・ハイハット、ジャズ・ドラムスの大御所マックス・ローチ逝く。


マックス・ローチ(1924年1月10日 - 2007年8月15日)アメリカ合衆国ノスカロライナ州出身。

ジャズ界を代表するジャズ・ドラマーで、近年まで第一線で活躍していた。

1942年、18才のときにデューク・エリントン・オーケストラに参加。

1944年テナー・サックス奏者コールマン・ホーキンスのバンドに加入。

その後、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエル、チャーリー・ミンガスらと交流。
ビ・バップ誕生の一躍を担う。

1953年には、上記のメンバーでカナダのマッセイホールでライブ録音を残しています。

ジャズの基本は、4ビートを基調としたリズム・セクションにあります。

アドリブを中心のジャズでは、ドラムスの役割は大きく、ドラムス次第でバンドの向かうべき方向が変わってゆくことが多々あります。

スウイング・ジャズでは、ドラムスは、単にリズムを刻む楽器であった。

しかし、やがてアドリブ勝負のジャズ、ビ・バップが台頭してくると、ドラムスの役割が増してきた。

チャーリー・パーカーなどのアルバムを視聴してみると、スイングからビ・バップへの以降に、ドラマーが対応できていないのがよくわかります。

マックス・ローチやアート・ブレーキーは、ドラムスをリズム楽器から、バンドを鼓舞する重要な楽器へと昇格させた一人といえます。

マックス・ローチは、その後西海岸に渡り、トランペットのクリフォード・ブラウンとともに、ブラウン=ローチ・クインテットを結成。

ハード・バップ史に残る名演の数々を残しました。

クリフォード・ブラウンが若くして交通事故で死亡したために、クインテットは解散することになってしまいましたが、ジャズ史に燦然と輝く双頭クインテットでした。

ウイ・インシスト.bmpまた、マックス・ローチは、人種差別に対しても反対の意思を明確に表したミュージシャンです。

当時、ローチ夫人であったジャズ・ボーカリストのアビィー・リンカーンなどもレコーディングに参加した「ウイ・インシスト」(60年)は、とてもメッセージ性の強いアルバムですが、完成度は非常に高いです。


その後、マックス・ローチは数多くのジャズ・ミュージシャンと競演。

多くのレコーディングに参加しました。

また、ドラムスのソロ演奏という驚異のアルバムなどを発表。

コンサートのアンコールに、ハイハットだけで演奏するなど(ミスター・ハイハット)。

ドラムスに賭ける情熱は、ジャズ界でも屈指のミュージシャンといえます。

ニューヨーク市の病院で2007年8月15日死亡。
原因は不明。

享年83歳。

合掌。

Max Roach



posted by パーカーズ・ムード at 16:54 | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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